鮮やかに花開いたミモザを執務室から眺めながら、僕は大きなため息をついた。
反抗的だった貴族たちが大方従順になった今でも、さきほどまで目の前に座っていた者はひと際プライドが高く、頑固だった。妻が最大限の敬意を払って話しかけているというのに、それを鼻で笑って聞こうともしない。頭に来た僕が半ば脅すようにしてやっと、経過報告を約束してくれたのだ。
「君も、ああも優しい言い方をする必要はない。女王なんだから、もっと強気でいけばいいんだ」
呑気に微笑んでいる妻に僕は文句を言った。そもそも彼女は臣下に対しても優しすぎる。女王の威厳というものがまるで足りないから、いまだになめられるのだ。
「ごめんなさい。イアン様のお言葉がたのもしくて、聞き惚れておりました」
恥ずかしげもなくさらりと言われて僕は言葉につまった。にこにこと、本当に嬉しそうにしている分、こちらもきついことは言えないのが腹立たしい。
などと思っていたら、こんこん、と軽いノックがして、トレイを持った侍女が入ってきた。
「陛下、御用意できました」
そう言って侍女が二つのカップと一枚のカードをのせてたトレイを運んでくる。目の前に置かれたカップを見ると、とろりとしたホットチョコレイトで満たされていた。
「これは?」
ホットチョコレイトはともかくとして、このカードは一体なんなんだ? 不審げにたずねると、たずねられた侍女ではなく妻が口を開いた。
「今日は聖バレンティアの日ですから、わたくしからイアン様への感謝の気持ちです」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに妻が言った。そういえばそんな日もあったな。今まで気にしたこともなかった。
カードを手にとって開いてみると、綺麗とは言えないまでも、なんとか読める字で『つたない字で申し訳ありません。ほんとうに、あなたには言葉にできないほど感謝しています。ありがとう』と書かれていた。
「……驚いたな。君は、字がかけるのか」
「隠れて練習いたしました」
ふわりと、花が綻ぶように妻が笑った。……手紙でも相変わらず謝ってばかりなくせに、こういうところは本当にずるいと思う。
「僕の国では、バレンティアは男が贈り物をする日だ」
僕はむっつりと言った。
「まあ、そうでしたの」
「来年は、僕が贈るから」
何を贈るかは分からない、でも、とびきり素晴らしいものを贈る。そう決めてホットチョコレートをのむ僕を、妻が嬉しそうに見ている。
舌にふれるホットチョコレートは甘かった。恥ずかしくなるくらい、甘かった。
Fin.